コラム-北海道そうざい企画-石狩の総菜屋さん

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2021年10月石狩に安い総菜屋の
北海道そうざい企画が誕生

北海道そうざい企画のロゴ

初めまして!石狩市の樽川にある食品工場直売のお惣菜店『北海道そうざい企画』です。 家族経営の小さな会社で私は長女で販売促進、宣伝などを担当している及川と申します。 ご縁があり、所在地は石狩なのですが札幌 Twitter会の仲間に入れてもらいました。 元々は手稲の西宮の沢で催事や施設、ホテルなどに卸す冷凍惣菜などの製造を主に行なっておりましたが2021年10月に現在の石狩樽川に移転したのを機に店頭販売も始めさせて頂いています。

両親の存在
そして現在の形になるまで

このお店を始めるにあたっての話で欠かせないのが両親の存在です。 以前テレビでも少し取り上げてくださったのでご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、うちの母は昨年の3月に急性心筋梗塞で突然亡くなってしまいました。 そもそもうちの会社は私が小学生の頃父が共同経営で始めた会社が始まりですが、その頃母は専業主婦で会社は父が代表を務め従業員も30名程でそれなりの会社として運営されていました。 その頃は母も私たち兄妹も時々お手伝いに行く程度の関わりでした。 その後、紆余曲折があり、仲間とは別々の会社を営む事となり、母が会社に入って妹も高校卒業と同時に本格的に工場で働くようになりました。

その頃の私は…

その頃私は美容師として実家を離れ働いていたので、正直なところ会社の経営が厳しくなった時期も、火事で自宅兼会社が全焼してしまった事もあったのですが、その時に父、母、妹がどんな苦労や大変な思いをして会社を守ってくれていたかも想像の範囲内でしかありません。 それでも、父も母もいつも笑っていました。特に母は子供の私から見ても不思議な程、純粋に人を信じ、人を愛する人でした。そんな両親を妹は文句も言わずに自分の夢もあったはずなのにずっと支えて助けてくれました。 そんな父と母、妹の3人で昨年まで工場を守り抜いてくれました。 私はというと、休みの度に手伝うという名目で遊びに行く程度のものでした。

兄が北海道そうざい企画へ

そして今から2年前、兄が勤めていた会社を辞め工場で働き出した頃、世の中はコロナ禍になり、加工して出荷するはずだった鶏肉が大量に余る事になったので工場の前で以前から催事などで販売していた長い焼き鳥を販売する事にしました。
それによってお客様と直接会話を交わしたり食べた感想などを聞く機会が出来たことで父も母も『直接お客様に自分達の商品を届けたい』という気持ちが強くなっていったようでした。 この頃から母は「いつかお店でお惣菜を販売出来たら、今までたくさんの人達に助けてもらった分少しでも多くの人に安くてお腹いっぱいになってもらえるお店にしたいね!お腹がいっぱいになれば嫌な事もその時は忘れられるからね」と言っていました。

最愛の母との別れ…空からの応援

しかし、昨年3月1日その日も母は日中いつもと変わらず元気に仕事をしていましたが、その晩自宅で倒れ帰らぬ人となりました。 私達は突然の別れに気持ちの整理がつかずにいましたが、不思議な事に以前から探してもなかなか見つからなかった新しい工場もとんとん拍子に決まり、ゆっくり立ち止まって母の事を悲しむ間も無く流れに身を任せるように、お店の開店までこぎつけました。

北海道そうざい企画は幸せです!

そして今に至るのですが、現在常連さん、Twitter会の皆様、フォロワーの皆様、その他たくさんの周りの方々に支えられ協力してもらい少しずつですがお店をたくさんの方に知って頂く事が出来ています。 今、私はたまに美容師もしながらお店に出ていますが、最近になってやっと子供の頃から母がいつも私達に「誰かに優しくすると、回り回って自分や自分じゃなくても自分の子供、自分の周りの人が幸せになれるから、人には優しくしなさいね」と言っていた意味を身を持って感じる程たくさんの優しい人達に恵まれて、楽しくお店が出来ています。 今、お母さんも含め私達家族はとても幸せです。

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